ストリーミングサービスでアーティストは儲けられるのか?
こんにちは。
結構ネットでは散々聞かれる愚痴についての話です。
「ミュージシャンは稼げない!」
と言う声がネットでよく聞かれます。特に言われるのが、「CD販売が低迷した。それはIT業界がダウンロード販売を始めたからだ。ストリーミングサービスも始まった。これで音楽が売れなくなった。なんてひどい時代だ!」という声。
ところが一方で、音楽ファンの人たちから、「ミュージシャンを応援しよう」と言う声が無くなることはありません。エンタメ系の人間は常に周りから応援されるものなのです。では、なぜこのような事態になっているのでしょうか?
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「儲ける」とはお金の所有権の獲得
「クリエイター」って何でしょう。お客様のリクエストに応えるプロフェッショナルです。お客様から、
「これこれこういう感じのものを作って欲しいんです。できますか?」
とお願いされたら、その期待に沿ったもの(またはそれ以上のもの)を提供する技術を持っている人。すごいですね。ここで重要なのは、クリエイターは自分の欲求のために働くのではなく、お客様のために働くのです。そのため、このようなクリエイターは自分のための音楽をやるために別プロジェクトを走らせてストレスを発散する事もあります。
このお客様は、自分の利益を得るために音楽が必要だった。何十年もかければ自分で勉強して音楽が作れたでしょう。しかしその時間はない。なので、クリエイターに依頼した。その結果期待通りのものが得られ、それによってさらに自分の仕事に魅力が注がれ、相応のリターンが得られた・・・のだから、純粋に嬉しいのです。リターンが得られるものなら、迷わずお金を払うのは当然のこと。皆さんもそうですよね?
なので、「お金を稼ぐ」事を「お金を貢がせる」などの意味と混同しないようにしましょう。
「お金を稼ぐ」 => 「お客様はそれを得る事でリターンが得られる」 => 「感謝の意を伝える」 => 「お金の所有権をクリエイターに移管する」
こういう事ですね。さて、もう少し想像力を働かせて、そのお客様がパン屋さんだったとしましょう。
今度はクリエイターが、お腹が空いてそのパン屋さんのパンを買ったとします。パン屋さんはそのクリエイターが作った音楽でCMを作ったおかげで売上が上がり、店舗も大きくなったので、クリエイターも嬉しいわけです。
このお互い様状況を「エコシステム」と呼んだります。
つまり「お金を稼ぐ」とは、「お互いに支え合う関係をスタートしましょう」という意味にも解釈できます。人間の活動としてはとても健全で、素晴らしい事なのです。
お金は銀行に貯金しておくだけでは意味がありません。自分が所有権を持っているので安心はするかもしれませんが、自分も、あるいは他人も、誰も幸せになりません。お金を持っているということは、それを誰に渡すのか、その所有権移動の判断を任されているという事です。
恵まれない人にお金を渡したり、または素晴らしい製品を頑張って作ってくれた人に渡したり。このように、お金の所有権を移動させる事で初めて幸せが訪れます。
ちなみに私は、「アーティスト」という存在はお客様のためではなく、自分の世界を追求する人という理解をしています。そのため、その作品の価値が10円なのか1億円なのかは作った本人もわかりませんし、そこに期待もありません。自分だけのために活動するのはこういう危険もはらんでいます。「クリエイター」を業界のプロと定義すると、アーティストは「卓越した技術を持つアマチュア」と表現しても差し支えないかもしれません。
過去への依存と新技術への抵抗
子供の頃に見たものの影響でその職業に憧れ、勉強をして、その憧れの職業のポジションに就くという人がいます。夢を実現するのは素晴らしい事です。「自分も将来こうなりたい!」という欲望が実現するのですから。
でもここで注意しなくてはならないのは、その強い憧れがあるために、その呪縛から逃れられなくなる事。古き美しき文化を真似ているだけでは、文化は停滞してしまいます。誰かの為ではなく、「自分の欲求」を満たすことだけで完結してしまうと思うのです。そうなると、当然のことながら他人からお金は得られにくくなります。「伝統芸能」の分野では、お家の継承が中心になりますから、誰にでもチャンスが開かれているわけではないですよね。
それにもかかわらず、「ああ、稼げない。自分には才能がないのかな?いや、今の時代の人たちの感覚がおかしいんだ」などという不思議な理解が生まれてきます。おいおい、ちょっと待って・・・。もっと考えましょう。そして文化を切り開いていきましょう。
果たして、新しい時代に合わせて、新しい技術が生まれたことで、文化は停滞するのでしょうか?
- CDが開発されて、アナログレコードの販売は低迷しました。
- インターネットの普及でダウンロード販売が定着し、CD販売が低迷しました。
- インターネット回線が早くなり、ストリーミングサービスが台頭し、ダウンロード販売が低迷しました。
このように、テクノロジーというのは一部の専門技術者のためではなく、それよりも人数の多い、その技術に詳しくない一般の人たちの「需要」に合わせて開発資金が用意され、開発・普及が進むわけですよね。
なので、「IT技術が音楽を殺す」というのは、おかしな理解だと思います。音楽はみんなのものであり、多くの人が求める需要に対し、驚くような、刺激的なサービスを開発していくことが、「お金の移動」(つまり、「稼ぐ」こと)をもたらします。これは経済の原則ですね。
言い換えれば、「技術開発こそ実験の連続・・・つまりアートだ」とも言えます。
それにもかかわらず、古いものへの憧れ(依存とも言う)が強く、過去の夢を追いかけるだけの作家が稼げないというのは、残念ながらある程度受け入れなければなりません。彼らはお金持ちのパトロンさんに養ってもらう生活に頼らざるを得ないでしょう。「多くの人に愛されなくても、一部の人に愛されればいい」という理解なら、もちろん何の問題もありません。ただし、それは利権構造から逃れられなくなる危険性もあります。
私は個人的に、「新しい技術は(文化の敵ではなく)文化を進歩させるのだ」と捉えるようにしています。
業界は儲かるが、作家が儲からない「謎」
作家が一人で研究、開発、生産、営業、資金管理、保守業務など全て出来る訳がありません。そんな万能な人間はいません。不可能なのです。だから会社というものが存在するのですが、音楽の世界は「自由」を大切にする世界。会社という組織で働く考え方はまず受け入れられません。
そこでこの業界は、作家が音楽出版社に著作権の一部を譲渡して、共同で販売活動をしていくという仕組みになっています。また、著作権管理団体は、その楽曲の消費状況を管理して著作権使用料を徴収する、というチームワークとなっています。
それだけ見ると「なんだ、うまく出来てんじゃん」と思いますよね? しかし、一つの会社の中で動いているのではなく、全てが「個別契約」です。法律の専門家でもない作家が自分でこの契約書を入念にチェックし、クローズドな業界の荒波に揉まれながら契約を締結していく訳です。ものすごく複雑化しており、改善する見込みもありません。
あらゆる業界の矛盾や非効率な面を変えてきたのがIT技術であり、インターネットの存在です。しかし、現在の音楽シーンやエンタメ界にどれだけIT技術に詳しい人がいるでしょうか。
その文化背景や歴史をよく知っている人、さらに業界で発言権を持っている人が、もしIT技術を理解していない場合どうなるでしょう。シリコンバレー発のITベンチャーや、AppleやSpotifyなどの大手企業に思わぬ方向に導かれてしまうのは目に見えています。そして彼らのアイディアがユーザー第一主義で貫かれている限り、文句は言えない訳です。
参考:LANDRブログ:「なぜ音楽を続けなくてはいけないのか」
上記の記事には、Spotifyでヒットしたはずのアーティストが、思いのほか安い売り上げだったという話が書かれています。なぜこういう事が起きてしまうのか考えるのですが、音楽業界や音楽家がITベンダーを説得しきれなかった結果ではないかと思うのです。残念な事ですが、旧音楽業界がユーザー需要の声をしっかり受け止められなかったという事。そのしわ寄せが、なんとクリエイター(アーティスト)に来てしまったようです。
下図は音楽ストリーミングサービスの収入の現状を示したものですが、作家には何と売上の10%程度(!)しか渡っていないという驚きの事実。
引用:「eMusic Redefining Music Distribution Through Blockchain」ホワイトペーパーより
一方で、ストリーミングサービスで業界全体としてはちゃっかり儲かっているという話も。
参考:「ストリーミングで儲かるアメリカのメジャーレーベル|ユニバーサルとソニーは1時間毎に50万ドルの収益をあげていると判明」
私が見るに、AppleやSpotifyなどの企業は、これまでの音楽業界の主要なビジネス基盤(製造から配布までの間のオペレーション)の全てを彼らのサービスでリプレースしようとしているようです。しかし著作物の権利を握っている団体が強いので、上記のような半端な状態になってしまっているような気がします。業界は復活してきたが、なぜか作家にはお金が回らない・・・。
最近、これに業を煮やした音楽ファン自身が、アーティストを救おうと声をあげ始めています。どういう事でしょう?本来はビジネスのプロである音楽出版社やレコード会社が作家を守るはず・・・なのに、アーティストを救うのは「ファンたち」。これ、どう思いますか? ビジネスのプロではないファンたちが、「音楽愛」で作家を救うという話。いよいよ業界のフォーメーションが変わる時です。まさにこれは、非中央集権コミュニティーの時代の幕開けです。
「ブロックチェーン」がもたらす透明性
「ブロックチェーン」とは、仮想通貨(暗号通貨)を裏側で支えている技術です。「公開台帳」とも呼ばれます。簡単に説明すると、
- インターネット上のコンピューターに誰でも「公開台帳」をインストールできる
- データがネット上の全ての「公開台帳」に書き込まれるので、どれか一つが壊れても安心
- 操作方法がわかる人なら、誰でもその台帳のデータを見る事ができる
というわけで、「データを所有する特定の人」というのが存在しない世界です。逆に言うと、私たちが全員でそのデータを見守る責任を負うと言う考え方。音楽を愛する人たち(アーティストも、ファンも)全てが共同で管理していく世界です。中間に入って管理する企業の数が減ります(不要になると言っている人も多いですが、私は個人的に不要とまでは言い切れないと思ってます)。
まだまだ黎明期ですが、このブロックチェーンプラットフォームを使って音楽サービスを立ち上げた(または準備中)の名前をいくつか挙げてみます。
ブロックチェーンの音楽サービス
- MUSICOIN(Ethereumベース。今後のロードマップがすごい)
- eMusic(Ethereumベース)
- Opus (IPFSファイルフォーマット&Ethereum ERC23ベース)
- VOISE (IPFSフォーマット&Ethereum ERC20ベース)
- Digital Art Chain
- MediaChain (Spotifyにより買収)
- Moosty(Liskベース。ホワイトペーパーにはSoftCapもHardCapも書かれていないが、既にICOが終わっている。ストリーミングサービスを先行開発中)
- Choon
- Ujo Music(Ethereumベース。ConsenSysプロジェクト。ホワイトペーパーがない)
- JAAK
これ以外にもまだまだ世界規模で開発が進んでいます。すごい数ですね。興味のある人はそれぞれのサイトのホワイトペーパーを読んでみてください。
「これなら自分もミュージシャンで仕事できるようになるかも?」
と思う人が増えそう。
つまりこれからのプロクリエイターは、最新のIT技術を受け入れていく事で、もはや
「業界の仕組みに合わせて成長する」のではなく、
「ユーザーと共に生きていく」と言う時代になってきたと言えます。
この辺の考え方は、「お金2.0」と言う書籍にとてもわかりやすく書いてありますので、一度読んで見てください。これに書いてあるほとんどの事は、私がリサーチしていきた事とほとんど一致していて、読んだ時にはとても興奮しました。
音楽だけでなく、アニメや映画などのアートビジネスやクリエイタービジネスを支援するコミュニティー団体の活動。ブロックチェーンは、その活動をサポートする基盤テクノロジーとして注目を集めています。AIやVR技術などと一緒に、新しい芸術文化を生み出してくれるのではないでしょうか。
「愛」のコミュニティー意識が理想の世界を作る
アーティストは、顧客のリクエストをもとに創作活動しているわけではないので、高い収益を予測して活動できないのは仕方ありません。でも顧客が想像できない「時代を先取りした作品」を生み続ける宿命を持っているのがアーティスト。すでに確立してしまったビジネス業界の形に合わせるのではなく、「一歩先を行く」作品を作って、ファンを驚かせ、楽しませる事が重要だと思います。それこそがファンが望んでいるもの。それを阻止するものがある限り、その世界は枯れていきます。
現段階では、音楽のストリーミングサービスはまだまだ不十分です。それは業界の収益バランスだけの話ではありません。リスナーとして見てもつまらない。音楽はもっと面白くなれるので、乗り越えるべき課題はまだまだたくさんあります。クリエイターやアーティスト、音楽出版社、レーベル、全てのセクションが協力して、ファンを刺激する方法をどんどん率先して取り入れるべき。配信方法としてのインフラも発想が重要。コンテンツも同じ。クリエイティブなコンテンツを作り、それを届けるためには、ITベンダーとも積極的に絡んでいくべきでしょう。
そもそも「業界」というのは、ビジネスマーケットを固定化・安定化させるためのものという考え方は、もう違うのかなと思うんですよね。
業界人とは、その世界を愛するファンの人たちをサポートし、さらに促進していく事へのプロであるべきです。
新しい刺激を求め続けるファンを魅了するための手段を探す、そしてそれはクリエイターやスタッフの収入が予測不能で不安定になりがち。でもファンを魅了する事ができれば、ファンが必ず応援してくれる。そしてアーティストは救われるという構図があるのだろうと思います。
「リスクを取る」という勇気が、仲間の応援を集めます。
音楽を愛する人たちが、業界の仕組みを乗り越えてコミュニティーとしてつながる事が必要だろうと感じます。